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  • 執筆者の写真京都カラスマ大学

今日も京とて、お番茶日和|京都カラスマ大学学長日記(5/13)

更新日:2020年12月16日

今日の課題:本のページをめくりましょう

2020年5月11日(月)
バラに洗面器風呂。さらに豆苗を育て始める。体温は計りそびれ。SNS上では「この暮らしに慣れてきた」という発言を散見。東京のメーカー勤務の友人に至っては「在宅勤務でも月曜はちゃんとブルーになる。やっと調子出てきた」とツイート。助成金諸々の申請が始まったようで、あちこちでそんな会話が飛び交う。今日は1日じゅう、ラジオを聴く。そういえば、布マスクはまだ届かない。2日連続、新規感染者ゼロ。
2020年5月12日(火)
午前中の予定がキャンセルになり、午後からは取材。自転車で岡崎まで。汗ばむくらいの五月晴れ。夕方はソルムへ寄り、柏餅を食べながら編集者さんと打合せ。自転車での行き帰り、夫婦や家族でウォーキングしている人をたくさん見かけた。体温は36.2度。実家から採れたて野菜とお米のセットが届く。ありがたやー。
2020年5月13日(水)
日中は暖かく、洗濯日和。通常ならクリーニングになる冬のコートやジャケットもエイヤーと洗濯機で回してみた。日が暮れるとちょっと冷える。こういうときな体調に要注意。父の畑から送られてきたセロリでスープを作る。体温は36.2度。京都はまだ緊急事態宣言が解禁されないチームだった。うーん、がっかり。

こんにちは。京都カラスマ大学の高橋マキです。ウィズコロナな日々を「離れていても一緒に学ぶ」方法として日記を始めることにしました。詳しい経緯は、初日のブログをご覧ください。


火曜日、仕事があったので自転車で移動。街はゆるやかに穏やかに活気を取り戻しつつあり、久しぶりに、知人にばったり会いました。そんなことさえ、なんだかもう懐かしい感覚。「マキさん、どうしてるんですかー?自粛ですか、やっぱり」なんて、のんきな会話も久しぶり。早く生活に「不要不急」を取り戻したいですね。


さて、今日の本題。



今日の課題:本のページをめくりましょう

コロナ自粛に乗じてSNSで始まった「 #ブックカバーチャレンジ 」。FacebookやInstagramでいろんな人が挑戦しているのを見るだけでも楽しいですね。たくさん回ってきて面倒だなあと思う人、律儀に「私はやりません」と謝っている人、私には回ってこないなあと拗ねてる人、反応は様々。今回は、ブックカバーチャレンジの他に、腕立て伏せや歌、着物、お茶で一服などのバトンを見かけました。こういった「バトン」の類はネット黎明期からあって、チェーンメール的なところもあるので、賛否両論。でも、今回は「つながれない時間を一緒に楽しもう」という暗黙の了解があり、いつもよりゆるやかに多くの人がこのゲームを楽しんでいたように思えます。


ということで、普段はバトンに否定的な私も、今回は挑戦してみました。 #ブックカバーチャレンジ 。「1日1冊、7日間」ということで、家じゅうの本棚を眺めて、積ん読もチェックして、どれを紹介しようかなと心を巡らせる時間はなかなか楽しかったです。


仕事柄(本職はライターです)本や雑誌は売るほどあるのですが、その中から私が選んだ本と、ピックアップしたことばを今日は紹介しますね。


「きみ、なぜ、うしろむきにあるいていたの?」

するとピッピはいいました。

「なぜ、うしろむきにあるいたか?……わたしたちの国は、自由な国じゃないこと?わたしがすきなようにあるいちゃ、いけないかしら?それにね、いっときたいけど、エジプトじゃ、だれもかれも、こうやってあるいてて、このあるきかたがおかしいなんて、だれもかんがえやしないのよ」

ー長くつ下のピッピ(リンドグレーン)


子供たちの教育や、若者たちの非行、女のひとのこと、老人たちの問題、そういうひとたちの力になることよりも、戦争や、戦争に使う武器に、よりたくさんのお金をついやす文化のありかたを、わたしは疑わざるを得ないのです。

わたしたちは、できるだけすみやかに、自然を相手にした戦争をやめなくてはなりません。

自然を守るための、これは最後の戦いだともいえます。

ー自然のレッスン(北山耕平)


〈彼女〉が初めてパリに旅行に来たとき、マキという友達がいたことを、そのパリの友達に、うきうきと電話をしたことを、4回も食事につきあってもらったことを、そのあと2度目のパリでは、1週間、マキのアパートに居候させてもらったことを、帰りの空港で荷物が重量オーバーで超過料金を求められているのがわからずに、シューンとなっているところを助けてくれたことを、パリに住むことになったときに、不動産屋や、警察につきあってくれたことを…思い出さなくては…と、〈彼女〉は、さっきから自分にいいきかせていた。

ーパリの友達(やまだないと×ナツヨウコ)


そういうものはほんとうの楽しさではない。皮膚にふれる水(又は風呂の湯)をよろこび、下着やタオルを楽しみ、朝おきて窗をあけると、なにがうれしいのかわからないがうれしい。歌いたくなる。髪を梳いていると楽しい。卵をゆでると、銀色の渦巻く湯の中で白や、薄い赤褐色の卵がその中で浮き沈みしているのが楽しい。そんな若い女の人がいたら私は祝福する。

ー貧乏サヴァラン(森茉莉)


実は、私の母は41歳の時に私を出産し数年して亡くなったのですが、偶然な事に私も同じ歳で娘を産みました。そのせいか、私は娘を育てる事が母にとっての再挑戦のような、そんな不思議な気持ちがしています。自分が母で、娘が私であるような…そう思うと、私が私を育てているような、そんな気分になるのです。遺伝子というのはそういうシンプルなものなのかもしれません。

ーにきたま(カヒミカリイ)


途中で諦めずに続けていれば、いつかはきっとできるようになると思っている。僕は、短距離走は本当に遅いんだけれど、長距離走なら同じペースでいくらでも走れる。それは陸上のことだけれど、他のことをやるときもそれと同じ時間配分で動いているような気がします。とりあえず、3年やって、ミナだけで食べていけるようになりたいという次の目標を漠然と設定してスタートしました。

3年も魚市場で働いていると、マグロの脂の見方なんかもなんとなく分かってきてしまうし、親方も「おまえに次は任せよう」なんて雰囲気になってくるんです。おまけに意外と仕事も面白くて、気が弱くなってしまったときは、寿司屋になる道を選ぶんだろうなあ、なんて思ったりしました。

ーミナを着て旅に出よう(皆川明)


これは一つには、言う側に、暮らしというものが、よくわかっていないからである。内閣を変えたらいい、ぐらいの気持ちで、暮らし方を変えられると思つているからである。

内閣は、三日や一週間なくても、別にそのために国が亡びることもない。事実、組織本部やテント村などとさわいでいる間でも、税金の取り立てが止まつたり、電燈がつかなかつたり、電車が、そのために動かなかつた、ということは、これまでなかつた。

ところが、暮らしの方は、そうはゆかない。

たとえてみると、これは、休みなしに動いている機械みたいなものである。曲がりなりにも、毎日どうやら、ガタピシと動いているから、一向に気がつかぬひとが多いようだが、これは動かしている身にとつては、ことに大変なことである。

日本の暮らし方には、いろいろ困つたことが多い。ことに、いまの暮らしは、全くお話にもならぬ。しかし、生活改善ということが、もう何十年も言われつづけて、いろんな運動もおこされて来て、しかも、ほとんど何の効果もおさめていないといつて歎くひとがあつたら、そのひとは、ここの事情をよくのみこんでいないひとである。

機械をとめないで修繕する。そのための親切な手びきや思いやりがなくて、あそこを直せ、ここを取りかえろ、といつたことばかり言つたのでは、言うだけでほとんど何にもならないのである。

ー逆立ちの世の中(花森安治)


FacebookとInstagramでは写真で「カバー」を紹介したので、こちらではあえてことばだけ。


最後の花森さん(暮しの手帖の初代編集長。NHK朝の連ドラ「とと姉ちゃん」で唐沢寿明さんが演じていましたね)の言葉は、昭和29年に綴られたもの。66年を経た今を生きる私たちにも、響くような気がします。


ステイホームの間を、久しぶりにじっくり本を読む時間にできた人もいるかもしれませんが、「それが、意外と集中できないわー」という人もいると思います。そんな時でも、手にとって、ただページをパラパラとめくって見るだけで、本というのは私たちにプレゼントをくれるものです。


今、ちょうど欲しかった言葉に出会えるかもしれませんよ。



 

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