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【授業レポート】《能楽師・有松遼一》編/今さら聞けない、伝統芸能「基本のキ」。

最終更新: 10月13日

2020年2月1日開催「今さら聞けない、伝統芸能「基本のキ」。《能楽師・有松遼一》編」の授業レポートです。


京都カラスマ大学とは縁も深い、京都の学びの場、有斐斎弘道館。再興10周年を迎えるにあたって、ここに江戸時代に学問所を開いていた皆川淇園を主人公にした新作劇「新〈淇〉劇」が上演されます。能楽を中心に、さまざまな古典芸能の演者が参加するこの公演の、出演者が講師を務める連続講座が実現しました。演者どうしが聞き手、話し手をつとめる、贅沢な時間の一部をご紹介します。


シテは主役、ワキは脇役?いえいえ、実は陰の主人公!

お話いただいたのは、能楽師ワキ方高安流の有松遼一さん。ワキ方とは、能の演目で、最初に登場して状況説明をする役者のこと。役柄は旅の僧であることが多く、シテ(主役)が出てきた後は、ほとんど舞台に座っています。有松さんは大学を出てから能楽界に。聞き手をつとめる狂言師の茂山逸平さんは、有松さんが主役の「シテ」ではなく、この一見地味な「ワキ」の役者となったこと、その役柄の醍醐味がどこにあるのか? 興味のままに質問をいただきました。


茂山:有松さんには、聞きたいことがいっぱいあって。僕は、狂言の家に生まれたから狂言やっているんですが、有松さんは違うでしょ? お父さんの仕事は? 初めて能に出会ったのは?


有松:サラリーマンの家庭で育って、20歳になるまで能を見たことがなかったんです。京都大学に入学して、同じクラスだった女の子に誘われるがまま能楽サークルの見学に。その時は「能なんて、知らないし〜」という状態。それが、サークルでご飯行こ、お花見に行こうとか言われて帰れなくなり、そのままその能楽サークルに入部していました。


茂山:まんまと、からめとられて(笑)。でも、なんでプロにまでなろうと?


有松:僕は、室町時代の和歌とか連歌とかを研究していて、研究者になりたかったんです。で、京大の文学部の大学院と 修士と博士と行きました。修士の2回生の時だったか、ご縁があって京都のワキ方の谷田宗二朗先生に入門して、こういうことになりました。能楽のサークルで4年生になった時に卒業公演でお能をさせていただいているんですが、最後の卒業公演では、ワキ方も学生がやるという伝統があって。そこで僕がワキをやることになって、谷田先生に習ったんです。


茂山:えー!普通さぁ(笑)、能楽サークルに入って、プロになろうとする人はシテ方じゃないの? 初めての能でワキ方に当たったって、、、それハズレじゃないの?(笑)


有松:能って、4つ部署があるんです。シテ方が軸を担う人。ワキ方は時代設定、舞台設定をする人、で、狂言方、囃子方。サークルではシテ方のお稽古していたんですけど、舞台を見れば見るほど、自分には絶対できない感じがした。でもワキ方って、ずっと行儀よく座っている、その職人気質がとてもかっこいいなと思ったんです。


茂山:えええ? ずっと座ってる役じゃないですか?


有松:座って舞台をささえるのが、とてもいぶし銀的でかっこいいな、すばらしいなと。大きかったのは師匠との出会いですね。『この先生についていきたい、お話をもっと聞きたい』と思ったんです。


茂山:よっぽど谷田先生の魅力が大きかったんでしょうね。ワキ方の説明を少しお願いします。


有松:歌舞伎だったら、舞台の後ろに背景が描かれているんですが、能舞台って、何にもない。そこに最初にワキが出て『いまは何時代で、これからこういうことをしようと思ってます』と説明して、そこにバーチャルな世界を構築するんです。その次にシテがでてきて、物語が展開してゆくんです。シテが出てきたら、ワキは見守る役に徹するんですね。なので後は、特に動かなくて。


茂山:初めて能をご覧になった方は『この役だけは絶対、嫌やな』と思わはると思います。


有松:でも、能のストーリーとして考えてみると、まずワキのお坊さんが、どこか名所に行く。誰それが現れて『私はなになにの霊です、、』と言って、お坊さんの夢がさめる。これ、物語の主語は、お坊さんなんですね。つまり、能は、ワキのお坊さんが主人公なんです。


茂山:なんて前向きな(笑)。プラス思考の塊ですね。僕らは舞台の上では “出たい出たい” という意識の塊ですが。


有松:それにね、ワキ座(ワキの座る位置)って、能の舞台を見る「SSS席」なんですよ。座ってて、向こうからシテが来る。役者が出てくる橋掛かりの向こうから出てくる。異界からスーーッとなにかが出てくる。出てきた人が、僕に向かって語りかけてくるんです。それをベストの位置で体験できるんです。いわば観客の代表で、他の観客はお相伴です。これって、すごく贅沢なことじゃないですか?。


茂山:物は言いようですが、こんな方が能を支えてくれているんだなあ、京都では。でも、座ってることは、辛くないですか?



有松:いいシテが出てくると、全然足が痛くないんです。これ、すごく不思議なんです。あ、でも、ワキの時と、ワキツレ(もっと動かない)の時で、足袋を履き替えたりはしますよ。


茂山:ワキ方でも、楽しい役ってあります?


有松:最初は『土蜘蛛』とか、『紅葉狩』とか、『大江山』とか『船弁慶』とか、チャンバラがあるのがかっこいいかと思ったんですが、お坊さんの役でも結構面白いなと思えるようになってきました。扇の要(かなめ)にたとえられるんですけど、それぞれお囃子や演技があって、要で受け止めている。これがないと、扇はばらばらになる。座ってて、ここで扇を留めているのは自分なんだなと思うと、すごく責任重大だし、やりがいがあるなと思うようになりました。


茂山:すごいなあ、、、。僕らから見ると、チャンバラとかが一番面白いんじゃないかと思うけれど。


有松:おシテ方に聞くと、舞台って最初、“あったまってない” というんですね。能舞台は基本的にセットがない世界、無だから、いくらでも有、幽玄の世界が描けるという考え方ですが、あったまってないと、演技者は仕事はやりにくいんですよね。何もないところからあたためて、ということはエネルギーがいるし、しんどいんですけど。そこを自分があっためて舞台を盛り上げて、シテに渡してあげられると、『ああ幸せ』と思うんですよね


茂山:ワキの役者さんが、こんなに面白く舞台に接しておられるのかと、、、目から鱗です。


有松:面白いんですよ、、。能は、ライブじゃないと面白くない芸能のトップ3だと思うんです。華やかな歌舞伎や舞踊はテレビでも映えるけど、能は呼吸とか、間とかが大切で。たとえば神社に参ってスピリチュアルな気分になる。これは、その場にいて空間に共感して、やった人にしかわからない贅沢な空間。ライブの楽しさみたいなものだと思うんですよね。音楽だったらCDで聴くこともできるけど、能の舞台は、生を味わう最たるものだとおもいます。




これまで幾たびも、取り壊しの危機に遭遇してきた「有斐斎弘道館」。このたび、再興10周年を記念して、有志で「新<淇>劇」を上演します。京都カラスマ大学は、令和の学び舎として、再興10周年をお祝いすべく、この公演を応援しています。※ 入場料の一部は弘道館の保存活動に寄付されます。


詳しくは「有斐斎弘道館再興10周年記念サイト」をご覧ください。

日時:令和2年2月24日(祝) 午後2時開演(開場午後1時)

会場:金剛能楽堂(京都市上京区一条下ル龍前町590)

主催:有斐斎弘道館再興十周年記念実行委員会




レポート:沢田眉香子(有斐斎弘道館再興十周年記念実行委員会)

写真:のぶりん、新谷(カラスマ大学皐月会メンバー)

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